嘘日記#2 「自殺志願者と神様」

風の所在が気になった。

実体のないものに、私は興味を示す。

ロシアで発生した風は、ウクライナ上空を渡り、エーゲ海までたどり着くのだろうか。

その時、風は何を思うのだろうか。

神様とすき家のカウンターで牛丼を食べていた。

神様「私の一番の発明はね、マスターキーなんだ」

私「へえ、マスターキーなんですね、なんか意外です」

神様「よく考えてみたまえ、マスターキーがあれば全部の部屋に出入りすることが出来る」

私「確かにそうですね、でも、神様であったとしても鍵が必要なんですね」

神様「当たり前じゃないか、私が作ったこの世界でもこの世界にはこの世界のルールがあり、私だっ       てそのルールに従わざるを得ない。まあ、無茶をすれば、何だって出来るが、世界にバグが生じてしまう。世界に歪みが生まれ、とんでもない人間が誕生してしまう。」

私「なるほど、バグが生じてしまうんですね、答えづらかったら全然大丈夫ですが、今までそのバグで誕生してしまった人間は誰がいるんです?ヒトラーとかですか?」

神様「ほう、答えて差し上げよう。過去に三人、私が防ぎきれずこの世界に誕生してしまった人間がいる。一人目は、君が言った通りヒトラーだ。彼は、いや彼については何も言わないでおこう。二人目は、エジソンだ。意外かもしれないね。でも、文明と言うのは表裏一体なんだ。君も知っているように、彼は光を生み出したが、それと同じ総量の闇も生み出したのだ。そして最後に三人目、それは君だ。まあ、そんなに驚くことはない、現にそうだろ。すき家で牛丼を食べていた君の隣に座って、神様であると名乗った私に、君は疑いもせず、当たり前のように私の存在を受け入れた。その事実が何よりもの証明であると思うがね。」

私「そんな、私なんて、ただのしがないフリーターですよ。ジェノサイドをしたわけでも、世界を変えてしまうような発明をしたわけでもない。私なんて、ヒトラーやエジソンに値しないですよ。一体、私がこれから何をしでかすと言うんですか。気は狂ってるけど、人を傷つけることなんて絶対にしないですよ。教えてください、私はこれから何をしてしまうんですか。」

神様「hahaha、君は何か勘違いしてるようだね。まあいい。教えて差し上げよう。君は無限の可能性で広がる未来を放棄し、変わらない過去に固執し続け、その結果、君は今晩自殺しようと考えていたろ。自暴自棄になってるから、私の存在をすんなり受け入れた。」

私「確かに、私は自殺しようと考えてましたよ。でも、そんな人間、この世に溢れきってるじゃないですか。毎日毎日、自殺してる人間がいる中で、何で私の前にだけ現れるんですか。」

神様「君は特別な人間だから。死んでもらったら困るんだよ。なんてカウンセラーの決まり文句を言っても、君には届かないだろうな。正直に話そう、私は自殺志願者の前に極力現れるようにしてるんだ。大抵の人間は私の存在を訝しがるが、ごく稀に君みたいに私を受け入れる人間もいる。そして、受け入れた人間はみんな自殺を完遂したよ。私の存在がどうでもいいくらい追い込まれていたんだ。聞いてくれ青年、私が起こしてしまったバグは自殺なんだ。この世界を構築した者として、こんなにも悲しいことはない。」

私「そういうことだったんですね。三人目は私個人ではなく、自殺志願者を指しているということですね。でも、申し訳ない。私は自殺しますよ。私にはもう何もないんです。無限の可能性に広がる未来とかなんだか言ってましたけど、自分の人生を25年間もやってると、自分のキャパシティーがどんどんと輪郭を帯びてきて、これから先の人生が可視化されていくんですよ。その可視化された未来が、地獄だったらどうします?私なら、そんな苦しみを味わうくらいなら、自ら命を断とうと、そう決断しました。自殺志願者を生むような、クソみたいな世界を構築しておいて、抜本的な解決をするわけではなく、対処療法的に自殺志願者の前に急に現れて、自殺するな?君には未来がある?そんなの、私からするとファック、笑わせるなに尽きます。少し、言い過ぎましたね、申し訳ない。」

神様「すまない。こんな世界を作ってしまって。きっと、私には想像できない絶望が、君の前に広がっているんだろう。私が何を言おうが、最後に決断するのは君だ。だから、これから私が言うことは、聞き流してくれても構わない。仮に、君の未来が本当に地獄のような世界だとして、君が自殺した先も地獄だってことは忘れないで欲しい。地獄には命という概念は存在せず、永遠に苦しみ続けなくてはならない。太宰もゴッホもカートコバーンもみんな、地獄でも自殺をしようと試みていたよ。でも、終わらないんだ、苦しみは。そのカルマを背負い続けなくてはならない。悲劇的な死は、時に人を魅了するが、死人当人は、無限の苦しみを受ける事実が確定する。君にはまだ、君が感じてる絶望を文学にすることもできるし、音楽にだって、絵にだってできる可能性がある。最後にその君だけの絶望を芸術というフィルターを通して、世界に放ってみたらどうだ、文芸界に風穴を空けるような小説、エモラップのシンボルになるようなhip-hop、初めて絶望に色を塗った画家として、世間をぎゃふんと言わせてみないか。往生際が悪くてすまないね、無責任でもいい、最後にもう一度言わせてくれ、君には無限の可能性がある、同じ地獄を進むなら、才能を放棄した地獄よりも、才能と向き合い、何か生み出そうともがく地獄を君には味わって欲しい。」

私「言いたいことはわかりましたよ。要するに、どうせ死んでも地獄に行くんだから、今世で苦しみながらも、何か形になるものを残せってことですよね。確かに、揺らぎましたよ、神様がこんなろくでなしの私にそんなに言ってくれるんだから、でも、ここで自殺をしないと断言することはできない。明日は明日の風が吹く。こんなこと聞くのは馬鹿げてるけど、次はいつ会えるんですか。もしかして、今日が最後ですか。」

神様「いつだって会えるさ、私は君の意識の中に存在しているんだからね。」

そう言い残し、神様はどこかへ消えていった。

私もすき家を後にする。

「お客様!お忘れ物ですよ!」

店員が慌ててやってくる。

店員が一枚のカードを手渡してきた。

どこのマスターキーかわからないカードを持ち、私はさっきの出来事は夢じゃないと、心から理解した。

コメント

タイトルとURLをコピーしました